院長紹介Doctor

院長 榎本秀太
「安心・確実な医療」をモットーに、
日々、患者さまを拝見させていただいております。

「いらっしゃいませ。」 開業以来、約90年間に渡り私たちはこのご挨拶から患者さまをお迎えいたしております。歯科医院ではあまり聞きなれないフレーズと感じられる方もいらっしゃると思います。

私たちは、この「いらっしゃいませ。」に「ようこそ、榎本歯科医院へお越し下さいました。」という患者さまへの歓迎の気持ちを込めてご挨拶させていただいております。

榎本歯科医院では「安心・確実な医療」 をモットーに、日々、患者さまを拝見させていただいております。そして、歯科医院にいらっしゃる患者さまお一人お一人が、なるべく多くの歯を末永く快適に使っていただけるようにお口の中の環境を健康に維持していただくことが、私たちの一番の願いです。

院長略歴
1996年 日本歯科大学卒業、歯科医師国家試験合格
1996~8年 東京医科歯科大学歯学部附属病院高齢者歯科治療部臨床研修医
1997年 榎本歯科医院勤務
1998年 東京医科歯科大学歯学部高齢者歯科学講座専攻生
2008年 医療法人社団秀睦会榎本歯科医院 理事長就任
所属学会・資格
日本歯周病学会、日本歯科人間ドック学会、日本カウンセリング学会
2016年 日本歯周病学会認定医取得
2018年 日本歯科人間ドック学会認定取得
参加研修
1999年 上智大学カウンセリング研究所基礎コース
2004年 上智大学カウンセリング研究所カウンセラー養成コース

末っ子三男坊として誕生

私は両親の年齢を考えると遅くできた子供であったので、過度な期待というものを受けずに伸び伸びとただただ可愛がられたと育てられました(笑)。父から怒られた経験がないのは、兄弟のなかで私だけかもしれません。次兄の受験期には、父と2人だけでよく旅行もしました。

旅先での父との会話は、幼い自分に対しても「歯科の仕事」の話ばかりでした。「入れ歯のここを直すと落ちなくなり、患者さんがびっくりして、喜んで頂けた。」とか、「入れ歯を直したら、ゴマの風味が解かるようになって、感動してもらった。」という話をよくしてくれました。

心から歯科治療が好きだったんだと思います。また、もうひとつ、よく話をしたのが、「食べ物」についてです。水族館に行って、魚を観ていると「この魚は刺身にすると、旨いぞ。」「これは、焼き魚だな、いや煮付けもいいなぁ。」という解説ばかりです。とても、恥ずかしかった(笑)良い思い出です。

自由に伸び伸びと毎日が楽しかった子供時代

小中学校は、地元の公立学校に通いました。家の近くの警察署で剣道を習い、クラブ活動でも剣道部に入りました。絵を描くことが好きでかなりおとなしい子供だったと思います。物心がついた頃には、既に長兄が歯学部に通っていたため、将来、歯科医師になることを嘱望されたこともなく、進路については自由にされていました。

天職を「歯科医師」に決める!!

高校も地元の公立高校に進学しますが、当時、特に将来の夢や就きたい職業というものがなく、一生懸命に勉強した記憶もありませんでした(笑)。

受験期を迎えますが、2番目の兄が医学部に進学していたこともあり、自分も同じ道へ進むのが良いだろうと単純に思っていました。しかし、そんな軽い動機では、とても受かることができる医学部ではありませんでした。

2年間の浪人の中、長兄が研究者として海外で名を成したこともあり、榎本歯科医院を継ぐ人がいなかったため、このままで途絶えてしまっては、とても、もったいないと思うようになりました。そこで、父の大好きな歯科医療にも興味があったことから、歯科医院を継ぐことを決めました。話にはよく聞いていましたが、診療所と自宅が離れており、父の働く姿や実家の仕事である「歯科」というものを知らずに成長したため、実家を継いでみたいと思い、また、細かな手作業をすることが好きだったため、私は「なるべきもの」が見つかった気がしました。

人生が動き出した学生生活。つらい事が多い分、学ぶ事が多かった

大学では馬術部に所属しました。 馬はとても性格が繊細な動物。 人間は十人十色と言いますが、馬も各々、性格が違います。

乗り分けるのも醍醐味のひとつでした。ここでの経験は、患者さまの治療をする時に、とても良い経験となりました。

部活動や友人関係では、とても楽しい生活でした。しかし思わぬアクシデントにより歯科医師の将来も危ぶまれる怪我をしてしまいました。入院生活は長期に渡り、通院も結局、大学卒業まで続きました。これから自分がどうなっていくのか?とても不安でとてもつらい事が多かったです。しかし、家族や恩師、友人らの助けにより、どうにか、乗り切ることができました。人は1人では生きられないもの、過去や身の周りの環境は変えられないもの、しかし自分自身は変われるもの。とても学ぶことが多い学生生活でした。人生が動き出した気がしました。

臨床の楽しさ、仕事のやりがいを知る

大学卒業後、出身大学で勉強したいという希望もありましたが、実家の歯科医院を継ぐことが第一の目的だったので、父の出身の大学の講座で勉強することが早道と思い、東京医科歯科大学で研修医、専攻生となりました。

たいへん大きな医局であったため、同じ入れ歯の専門家でも、色々な考えを持った先生方がおられ、とても勉強になりました。

どんなに学術的に正しい治療であっても、患者様に受け入れて貰えなくては、無意味のものになってしまう臨床の奥深さ、面白みを知ることができました。

上智大学カウンセリング研究所で教えて頂いた事

大学病院を辞めた後、何かアカデミックなものに触れたくて、大学や研究施設では、学ぶことができない。臨床に携わるものだからこそ、学ぶべきものはないかと考えました。そこで「人そのものを学びたい」と考え、カウンセリングのを勉強を始めました。

基礎コースは受講期間8ヶ月ですが、トータルで99時間の演習と4泊5日間合宿がありました。

トレーニングのねらいとしては、

  • 「人と人が知り合うということはどういうことであるか?」
  • 「人と人が通じ合うとは?心と心が触れ合うということが何を意味するのか?」
  • 「人が自由に行動するとはどういうことか?」

を体験的に学ぶことだそうです。当時、20代の私にとっては、とても鮮烈で、その後の人生に強く影響を与えたのは、間違いないことでした。

カウンセラー養成コースは受講期間が2年に渡り、演習時間は490時間、合宿は5回もありました。

講義も多く、カウンセリングの裏付けとなる理論も学ぶことができ、レポートも山ほど出ました。

実践研究として、教授の指導のもと、修了論文も書きました。とても学ぶことが多く、受講者には学校や病院で相談職に就く人が多く、研修後にカウンセラーになった人や再度、他の大学院に行って、さらに研究をされた方、仕事を辞めて、カウンセリングの海外留学する人もいました。ここで学ばれている多くの方は、日頃から「人の生死に接する」ことや「人生の岐路に立つ人をサポートする」ことを職としている方ばかりでした。正直に言うと、少しだけ自分の歯科医師という職がちっぽけに思ってしまったこともあり、改めて自分が「歯科医師」として、人生のなかでやりたいこと、やらなければいけないものは何かを考え直しました。そして分かったことは、カウンセリング研究所で学んだ本当の意味での「人を大切にする」ということ「人のためにする」ということは、どういう意味なのかということでした。私は歯科医療を通じて、身の周りにいる人を幸せにしたい、そして、人生が豊かになれるようにサポートしたいと思いました。

「アカデミックなものに触れたい。」という漠然とした思いでこの勉強を始めましたが、歯科医師という人に接し支える仕事を生涯続けるうえで、若いうちにカウンセリングを勉強できたのはとても良かったと思っています。

患者様のための良い診療だけをするという考え

大学卒業後、出身大学で勉強したいという希望もありましたが、実家の歯科医院を継ぐことが第一の目的だったので、父の出身の大学の講座で勉強することが早道と思い、東京医科歯科大学で研修医、専攻生となりました。

たいへん大きな医局であったため、同じ入れ歯の専門家でも、色々な考えを持った先生方がおられ、とても勉強になりました。ここでの経験のお蔭で、とくに臨床上、違和感なく実家で仕事をすることができました。

また、父は常に志を高く持ち、患者様のための良い診療だけをするという考えを持っていたので、このこともスムーズに受け入れられた理由かもしれません。

しかし、当初、父のするすべての臨床をマネして、全く同じように診療所を継承しようとしたのですが、なかなかうまく行きませんでした。

今、考えれば当たり前のことなのですが、父は女性4人姉妹の唯一の男性でやせ型、一方、私は男3人兄弟の末っ子で肥満型。体格も違えば、性格も育ちも違う。そして、何よりも時代が違うということに気が付きました。そこで、「変わらないためには、変わって行かなければいけない。時代に合わせて必要な変革は行おうと。一方で、不変的なもの、榎本歯科医院で大切に守っていくものは守って行こう」と考えました。

「守って行きたいもの」とは、なんだろうか?

そんな時、ある先輩の歯科医師からこんな話を聞きました「お父さんは来院された患者様に『いらっしゃいませ』と挨拶をします。これは『よく私のところを尋ねてくださいました。心をこめて診させていただきます』というメッセージなのです。」と、この精神こそが継ぐものだと感じました。

「心をこめる」という診療姿勢は、父が現役時代、生活にも現れていました。誰よりも早く、診療所に通勤し、準備をする。日課では、患者様へのタッチができる限りソフトになるように、指先が繊細であるために、爪を紙やすりで研ぐ。(爪切りを使っているのを見たことがありませんでした。)また、患者様の耳元で煩くない様にサンダルや靴ではなく、院内は音が出ないようにスリッパを使う。診療椅子を倒し過ぎない。など色々な気遣いがありました。もちろん、臨床場面でも、義歯の製作では、下顎の内側の長さの設定などは、患者様、個々の状態に合せて変化させていました。そして、調整では、大学病院では目にしたことがないくらいに丁寧な粘膜面の調整やかみ合わせを調整していました。

以前、当院出身の先生が「あれだけ、入れ歯を丁寧に調整すれば、調子よくなるよね。名人でもなんでもないなぁ。」と言っていたそうです。この「丁寧な治療」こそが榎本歯科医院の真骨頂であると思いました。